十九のままで

本当に早い。蓼科に来て来年で丸20年になる。

19で実家を出て大学時代は京都に住んだから、ここが生涯で一番長く住んでいる事になる。

で、今から書くのはこの19の時の話。

入学してキャンプサークルなるものに入った。今でこそ猫も杓子もキャンプですが、当時はワンゲルとかはあっても、キャンプ自体が目的のクラブは極めてレアでした。そんなとこに魅かれたんだと思う。

中学・高校と男子校の黒歴史だったもんで、女の子がいる事自体が幸せでした。話す時メチャクチャ緊張したけど、人見知りを悟られまいと一生懸命強がってたなぁ。

大体月一ペースで京都の近場に一泊でキャンプに行くんですが、それとは別に夏の一大イベント、夏合宿というものがあったんです。

それがこの年はここ、霧ヶ峰白樺湖ビーナスラインエリアでした。

ちょうど今、8月1日ぐらいから、4泊5日だったかな、初めて聞くオシャレな地名にワクワクでした。

最初は霧ヶ峰キャンプ場。満天の星空と、そこを止めどなく走る流れ星。夜空とはこんなにもドラマチックな物だったのか。

昼間は車山を散策。なんで?真夏でも全く汗をかかない。けど日差しは強く鼻の皮がベリベリにめくれた。足元に咲き乱れる清らかな黄色の花、花、花。

霧ヶ峰から次の白樺湖キャンプ場を目指す。ビーナスラインとはその名の通り何と優美な道なのか! バスの中から見下ろす箱庭のようなキュートな湖。これが避暑地、リゾートという奴なのか...!

当時はまだペンションブームの後半ぐらい。今とは比べ物にならないぐらい賑やかでした。今は絶滅した二人乗りの自転車にも乗ったなぁ。オリエンテーションで憧れの女の先輩と一緒のグループになって、湖畔のペンションで緊張して食べたビーフシチューランチ。白樺湖のキャンプ場は無くなったけど、そのペンション今もあります。水●荘の近く(笑。

とにかくね、全てが楽しかった。キラキラしてました。今でもその時のワンシーン、友人達と交わした言葉の断片すら、憶えている分だけかき集めても結構な量になる。

二輪の教習所に通い始めたのがちょうどこの夏。いつかまたここを自分のバイクで走りたいなぁと、ぼんやりとだったけど、妄想してた。

1986、夏...この年が自分の薄っぺらな人生では、一番濃い時期だったと思います。

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で、現在...皆様ご存じの通り、何の因果かここに住んでます。で、それだけではなく毎日走ってます。

そうなった経緯は別の機会にしますが、進歩の無い偶然に自分でも時々笑ってしまいます。

で、これまた不思議なもので、ある日走ってるとちょっとした出会いがここであって、その出会いの延長線上で友人になった方から頂いて、今跨ってるのがコレ。

1986年、ビーナスラインを初めて知った僕が、同じ年に憧れた単車。で、この子の年式もまさに当時の86式(笑。

昔憧れた単車で、昔憧れた道を現在走る。こう書いてやっと気付きます、たぶん自分は幸せなんだと。

あの頃の友人達に久しぶりに会って、話でもすれば思い出してもくれるでしょう。けど未だに僕だけが皆の記憶の彼方の続きを、何度もトレースしてるんですよね。あたかも自分だけが少年のままでいられると言わんばかりに。

あといつまでこの生活を続けられるのか...最近ちょっとした事情もあったりで、この先不安だらけです。

けどね、頼むわ、もうちょっとだけ、やらせてほしい。

浜省みたいに断言は無理でも、希望的観測を含めて、あとちょっとだけ、十九のままで...笑。

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